2005年 09月 14日
乾杯と干杯のはざまで |
「おまえら先生を舐めんなよ」
「ほら、お前らものめよ、のめ」
顔をほのかに染め、外見以上に酒が回り始めたある青年日本語教師。威勢のいい言葉がぽんぽん飛び出します。ろれつは怪しく、周りの学生たちは笑うばかりで何の効力もみられません。
「今日のお食事会の目的は先生たちをつぶすこと。気をつけてね」
彼がそんなありがた〜い携帯メールをある生徒から受け取ったのは、成都市内、青羊宮近くにある韓国料理屋「天池」に入店してまもなくのこと。
左隣のわたし以外、テーブルを囲むのは彼の生徒、民族大日本語学科の四年生たち6人。教室の彼女彼らよりもちょっぴりオシャレはしてますが、同じように真面目で丁寧な言葉遣いでわれわれ日本人2人に話しかけてきます。
でも、きゃつらも腹の中を一端開けば、そんなどす黒いたくらみがうねりまくっているわけです。
おいよ〜、くわばらくわばら。
緊急対策会議を開こうにも、向こうさんらは日本語科。話は筒抜けになってしまう。「徹底抗戦」「来るもの拒まず」「ノーガードの撃ち合い」という言葉たちも脳裏をかすめるが、向こうは6人。さすが中国、人海戦術をとるあたりは教育が行き届いております。
けっきょく出した結論は「腹が減っては軍はできぬ」
そう、ここは韓国料理店。
目の前に並べられた豚肉、牛肉、羊肉。それに味噌だれに、チシャ。
そんなの見た日にゃ、もう焼いて巻いて食って飲んで、また焼いて巻いて食って飲んで。
最初のビールはひとしきり「かんぱ〜い」と穏やかムードということもあって、けっきょく向こうさんたちが牙むく前から、自ら虎穴に入り込んできたあほな草食動物のようにパクついちゃいました。ぐびぐびいっちゃいました。だってマジうまよ。
牙をむき始めたのは最初のチシャの皿に緑の葉っぱがなくなり始めた開始10分過ぎくらいから。
生徒が一人、また一人と仕掛けてきました。やはり敵のとったのは人海戦術。
「せんせ、きょうは楽しですねえ」
「お腹いっぱい飲んでくださいね」
などといいながら、ビールをついでは「干杯」を求めてきます。
そう、乾杯ではない「干杯」。「かんぱ〜い」みたいに語尾にハートマークをつけたくなるような可愛いんじゃなくて、「がんべい」という聞いただけでもおぞましい濁点だらけの嫌なやつ。
要するに「干せ(空けろ)」って言ってくるんです。
応じるも応じないもそんな選択権はありません。店内の端っこのしかも一番角の方に座らせられた二人なんで、トイレへのエスケープもできません。
沖縄のどこかの島にはそのような風習が残っていると聞いたことがあるんですが、それと同じです。もちろんビールと泡盛という決定的な違いはありますが、ね。
挨拶なら1回でいいはずなのに、さきほど挨拶しに来た人がまたやってきます。何周もします。しかも「干杯」と言った本人は干してなかったりする。
決して「いただきます」としかいわないわたしには、コップの底に数ミリビールが残ってるだけで強烈なつっこみをしてくるくせにですよ。
さらに、ボス格の美女(?)がこっそり服務員に
「あとビール5本。うちぎんぎんなの3本ね」
などと、イタリア映画でマフィアのボスが手下にひとこと、「殺れ」というくらいに冷酷無比な注文を聞いてしまい、さらにこごえるような寒さに包まれてしまいました。
基本的に常温ビールしか飲まない中国人。「冷たいのは体によくない」と真顔で忠告してくるアフリカ人と一緒ですね。でも問題はそう言う事じゃないんです。
日本人2人に「ぎんぎん3本」を飲ませて、自分ら総勢6人は「常温2本」しかいらないという、とにかく客人へのおもてなしスピリッツにあふれる学生たちではありませんか。
今更ながらにはめられました。
中国人の恐ろしさを知りました。
もしかしたらあのたどたどしい日本語すら、我々を欺くためのワナなのかもしれません。
みな酔っぱらったふりをしてますが、ぜったいうそです。装ってます。
自分たちのグラスには、ぬるいこともあって泡がたらふく立つように豪快にビールを注ぐくせ、泡の立ちにくい冷たいのが好きな自分らもいけないんだけど、わたしのグラスには、表面張力を観察できるくらいにぎりぎりまで注ぎ込みます。じっくり、真剣な目つきで。
この時ばかりは手の震えも止まり、目の焦点もきっちりロックされてます。できあがったのは、一分の白い部分もなくオールイエローなグラス。こんなの「干杯」しまくったなら、気分悪くなるより早く腹冷やしてトイレに駆け込んでしまいそう。
そんなんで1時間が経過。
そして冒頭の青年日本語教師のせりふ。
元々そんなに強くない彼。
かなりの頻度で「不在」が続くようになりました。
ようやく場が落ち着きました。
してやったりなのは生徒たち。今更ながら肉を2皿ほど追加して焼き始めました。こんな状態でまだ食らうつもりです。おっ、冷麺も頼みましたね。
どうやらお開きが近いよう。
あくまでわたしは付け足しですから、彼女らの元々のターゲット「先生」がだいぶんおかしくなった時点で目的は達せられたみたいです。ああ、よかった。
日本でこういうかいがあったなら決してあり得ないんですが、お会計は生徒たちのおごり。「ごちそうさまでした」なんですが、それより「おごってやるからマイペースで食わしてくれ」と言いたいのが本心でしたね。まったく
テーブルを発つわたしたち。
テーブル脇に残された空のビール瓶たち。
しめて24本になりました。ふぅ。ご苦労さまでした
by itoyamamakoto
| 2005-09-14 21:13
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