2005年 12月 06日
マジボケレディー復活 |
火曜日の夜は日本語コーナー。
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きょうは日本語教師2人が「宴会」のため遅れてくるということで、わたしが現場責任者。
野外に集まったみんなを
寒風吹きすさぶ中、あまり口を開けず東北弁コーナーになっちゃいけないんで、
わたしの本性を知る日本人がいないのをいいことに、「わたしの半分は優しさでできています」と印象付けるため、「寒いでしょう」と、教室まで引率しておきました。
集まったのは、
よくまあこんなにと思うくらいに学生中心約20人
対
日本人1人
もちろん勝負になりませんから、数人ずつグループに分かれ、中国人同士で日本語会話してもらうことにしました。
そこに
すたすたと歩み寄ってくる女性の姿。
「あのぅ、どちらさんでしたか?」
「もう。三遊亭あほ陳(仮名)ね」(陳)
皆さんは覚えてらっしゃいますか。
わたしにウサギ頭をご馳走してくれた日本語科3年のマジボケ少女。
→http://itoyama.seesaa.net/article/8762848.html
「うそ。うそ。入院してたんでしょ。どこが悪かったの?」
「きっ、きみ。きみ?」(陳)
「はぁっ?きみって黄身?」
「はい。きみ」(陳)
「.......」
「黄身が悪かったって。.....あっ、気味が悪い?」
もちろんウケ狙いの発言ではありません。でも心にヒットしちゃうからさすがは天然色。
何事もなかったかのように平然としております。
一ヶ月ほど前、突然「あほ陳が入院した」という衝撃ニュースが一部日本人の間を駆け抜けました。しかもわけ分からぬ医者に捕まったらしく、数日間の入院で2500間を請求され、さらに「外部とは連絡取るな」とまるで監禁まがいの状態にある、と。
その後、優雅に「双流で静養している」との情報も入り、「いったいあいつはなにやっとるんじゃ。もう相当のネタを仕込んでるはずだよ」とみんなで話し合っていたところ。
先週日曜の日本語能力1級試験からシャバ復帰を果たしたということ。
何度も何度もやり取りを重ね、でも結局筆談に頼った挙句、病名は
「急性肝炎」
だったそうです。
毎日毎日手の甲に注射針を刺され、点滴。毎日毎日飽きることなく泣いていたそうです。
「精神病扱いですよ。もう」
「可不是」
本人いわく元気なのにずっとベッドで横になっていなきゃいけなかったらしく、話し相手は同室の74歳おばあちゃん。おばあちゃんは糖尿病。ずっとおばあちゃんの歌を聴いていたそうです。
「でも病院のたてものはおいしかったね?」(陳)
「わたしはおいしくないと思います」
「とってもおいしかったね。土豆絲が7角(10円)」(陳)
隣で一緒に聞いてた同級生の春ちゃんも、すでに能力試験1級合格宣言をしたその耳で聞いていたから間違いありません。
このあほ陳。「たてもの」と「たべもの」を間違えました。
ところで、入院することになった日。まずは同級生に付き添われ、学内の病院に行ったそうです。塾長もお世話になったとこね。
→http://itoyama.seesaa.net/article/8621665.html
「せんせい、わたし吐き気がします」(陳)
「あなた。男朋友(彼氏)はいるの」(女医)
「いませんよ(まったく何聞いてるんか。この医者先生)」(陳)
「そのことを同級生に話したら、みんなに笑われたね」(陳)
といううぶな彼女なんですが、入院中に見た夢はなかなかえ〜げ〜つ〜な〜。
「毎晩、毎晩、血みどろの人たちの夢を見ました」(陳)
「うえっ。それってやばいよね」
「いえ。中国では幸運のしるしですから…」
「んなわけないじゃん。ねぇ、春ちゃん」
うなずく春ちゃん。
「えっほんとなの?」
「夢でそんな怖い経験をしたら、現実ではいいことしか起こりません」
OH!なんてポジティブ中国人!
ついでにわたしも夢に現れたそうです。残念ながら血みどろではなく、お医者さんだったとか。たぶんかなりやり手の医者だったことでしょう。
そんな感じで夜もしっとり更けていきます。完全に三遊亭あほ陳の独演会になってしまった日本語コーナーでした。
祝賀完全回復了!!!!
1級試験は来年があるさ(笑)
by itoyamamakoto
| 2005-12-06 15:02
| いろんな交流してます